ナズナ記

日記

2万円の博打に負けた話

そういえば学生時代の話だが、講義の始め5分は先生が「無駄話」をする。まあ、大学に所属している先生の話はどれも掴みどころがなくオチが欠けた微妙な話ばかりだが、何かと学術的な面白さを孕んでいるので「今日はどんな話が来るだろう」と結構楽しみだった。今思えば、自分の好きな話題の「無駄話」が聞いてもらえない孤独さからきているのかなあとか思ったりする。そうだとしたら、なんとなく気持ちがわかる気がする。

本題

DMMの3Dプリントサービスがセールをやっていた。HewlettPackard社のMJFプリンタなら体積当たりの単価が30 %安くなるとか。丁度、Dactyl Cygnusを手に取ってみたいなとか思っていたので出力依頼してみた。総額2万5千円。

とはいえ、モデルを弄れないし、弄れたとしてエンタープライズ向けの設計ノウハウなどない。印刷してもうまく組みあがらない可能性が高い結構高額な博打だ。

事前のモデルのレビュー

github.com

モデルの提供はSTLファイルだけなので寸法調整はほとんど効かない。一応、モデルの調整が特に入りそうな部分(ネジ穴とか、インサートナットの下穴、マイコンホルダー回り)を採寸した感じでは「まあ、無難かなあ」といった寸法設定だった。

モデル自体は大きく分けてトップ側とボトム側に分かれていて、曲面で嵌合する。誤差をある程度緩衝できるようにトップ側の受けの形状が傾斜で受けるようになっていた。

嵌合する面の誤差は最大xy方向500 μm程度。正直曲面で合わさるのでその程度気にならなさそう。

GitHubのIssuesを覗いてみると、どうも作者に問い合わせれば Fusion360モデルが提供されるようだ。とはいえ、現時点で9ヵ月前の話であるうえオープンソースだし、作者に今更あれこれしろというのはどうも気が引けるのでそもままSTLファイルを使うことにした。モデル自体もきれいだしね。

どうもDMMの3Dプリントサービスが割引をしているらしい

おかしいな、1ヵ月前も割引してた気がしたのだが。まあ、でもちょうど手に取ってみたいモデルがあったのでせっかくなので委託してみた。

どうもPA12Wは最新の印刷機で印刷されるみたいなので、値段も変わらないしPA12Wにしてみた。MJF印刷は原理的には粉体印刷に分類されるので精度はともかく、細部の強度に関しては結構不安な印象。

注文から到着まですごいスピード感だった。赤線を引いているが、なんと入稿から3日で出荷された。印刷物の冷却に24時間かかるそうなので即日に印刷開始したようだ。すごい。

印刷物レビュー

印刷物クオリティのレビュー

特にモデルが複雑な裏面とマイコンホルダー周辺を見てみる。

裏面にはホットスワップソケットの保持用の突起があり、厚みは1mmにも満たない。なので印刷時に剥がれてしまうかなあと思っていたがそんなことなかった。それどころかかなり力を加えても割れなかった当たりよく成形されている。精度に関してはかなり良く、細かいところは20 μm程度ズレればだいぶズレたなあと思うくらい。まあ粉体なので表面粗さで結構ずれている節はあるのでちゃんと測ったほうがいいかも。

表面部分。気になった部分をいくつか。

まず左端1枚目。画像でわかるかどうか怪しいが、中央下部の広い曲面。どうもひずみというか不自然なゆがみが出ている。ここは特に印刷体積が大きい部分なので冷却の際にひずみが生じたのかも。それか、造形方向によっては緩やかな曲面が苦手なのかもしれない。

2、3枚目。造形方向は特に指定していなかったので、一部の曲率の高い曲面部分で積層跡が見える。エンタープライズクラスの印刷機でも見えるものは見えるのかと勉強になった。人によっては積層跡が嫌な人もいるらしいが、個人的には寧ろ結構好き。こういった閉曲線のトポロジが変わる境界のような柄とか。一種のマーブル模様みたいでいい。

あと、密度に関して。恐らく密度はかなり高い。インサートナットを入れているとき、FFF機の感覚で入れようとしたが恐らく密度が高すぎてうまく入らなかった。もっと寸法を詰めた下穴が必要なのだろう。ここは想定外だった。なんとなく、直径で200 μm~400 μm小さい下穴がいいのかなあ。

形状のレビュー

やはり、こういったものは実際に手に取って検討しなければ本質をつかみづらいと思った。

モデルからもわかる通り、小指側のキーが2つほど外れている。それだけだと思っていたのだが、どうもこの2キーだけキートップが外側を向いている。他のキーは人差し指を中心に内側を向いており、指の移動距離を最小限にしている。よく見るエルゴ系は大体人差し指を中心に内側を向いており、小指のキーも例外ではない。かなり特異な配置と思う。

触ってみると、なぜか打ちやすい。寧ろ小指側で外側を向いていないPキーが打ちづらい。よく考えれば人間の手は握るのに特化した構造をしているので、特に親指と小指は人差し指と比べてより横方向の力が得意だ。そう考えると小指に割り当てるキートップを内側に向けてしまうと、小指からすると掴む動作と逆の動作を強いることになり、力を余計に消費してしまう。このキーボードのようにキートップを外側に向けることで、つかみに近い動作とすることで打ちやすくしていると分析できる。盲点だった。

これは個人的に大きな収穫だ。

博打に負けた

印刷物のクオリティのレビューで書いたが、インサートナットがうまく入らずビルドできなかった。インサートナットが入らないとビルド云々以前の問題なのでこのモデルはキーボードとして組み立てられないので要は「ゴミ」になってしまった。とはいえ、これから得られた情報は多く、2万円の価値があるかはさておき有意義な投資ではあった。

あと、モデル検査時には気づけなかった薄い部分があり、強度面にかなりの不安がある箇所があったので、どちらにせよやはり自分で納得できるモデルを作ったほうがよさそうだ。(そういえば、厚み検査はどうもFusion360にもない機能らしい。要検討部分だ)

 

この記事を執筆するにあたって使用したキーボード。

Chortyl + Wuque Studio Morandi + Drop biip MT3 Operator Keycap Set